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朝鮮のキリスト教

朝鮮の長老派教会は、偶像崇拝とみなした神社参拝を行わなかったため、日本政府は、日本の長老派系統の日本基督教会大会議長の富田満を派遣して、朝鮮の長老派に神社参拝を行うように説得させた。富田は朱基徹に「諸君の殉教精神は立派である。しかし、わが政府は基督教を捨て神道に改宗せよと迫ったか、その実を示してもらいたい。国家は国家の祭祀を国民としての諸君に要求したに過ぎない。」と主張したが、あくまでそれを拒んだ朱基徹牧師は獄死し、殉教者として知られている。

日本の敗戦により、処刑を免れたキリスト者は、出獄聖徒と呼ばれ、韓国の教会の再建に貢献した。

1932年5月5日に上智大学の学生の一部が靖国神社の参拝を拒否したため、「カトリック、否、全キリスト教そのものが日本の国体と相容れない邪教である。その信者やその活動である学校経営は反国家的である。日本を外国に売る売国奴である。外人教師や宣教師などはそれぞれの母国から派遣されたスパイである。」とのバッシングを受けるという上智大生靖国神社参拝拒否事件が起こった。そのためカトリック教会は「祖国に対する信者のつとめ」を出し、神社参拝を行うようになった。
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日本基督教団などエキュメニカル派は神社参拝、宮城遥拝、国民儀礼、玉串、焼香を行ってきたが、美濃ミッションや特に戦後の福音派は、これが聖書に反する偶像崇拝であるとして、禁じてきた。

日本キリスト改革派教会の常葉隆興は日本基督教団の結成式で行われた宮城遥拝は、「偶像礼拝であり、神に対して死に値する罪であった。」とした。また日本キリスト改革派は1951年の第6回大会で「すべての神道神社は偶像であり、我々はそれを礼拝する事を拒絶する。神棚、仏壇その他どのような宗教的事物に対しても頭を下げて礼をしない。」と決議した。

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2009年11月27日 02:44に投稿されたエントリーのページです。

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